高松高等裁判所 平成6年(ネ)153号 判決 1995年11月24日
控訴人(原告)
山田年江
被控訴人(被告)
筒井広義
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴人が当審において拡張した請求を棄却する。
三 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、金三一六万一三五六円及びこれに対する平成二年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(当審において請求を拡張)
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
次のとおり付加、訂正するほかは原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであり、証拠関係は原審及び当審記録中の書証目緑及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
(原判決の訂正)
一 原判決三枚目表八行目の冒頭から同裏末行の末尾までを次のとおり改める。
「(一) 治療費 金一〇九万三五九〇円
(二) 付添看護料 金四五万八六一六円
〔内訳〕
付添看護料 金四一万五九七二円
付添看護婦紹介手数料 金四万二六四四円
(三) 休業損害 金四一万一一八〇円
控訴人は、家事労働に従事していたが、少なくとも入院期間中の七七日間は家事に就労できなかつた。
昭和六三年度「賃金センサス」の『産業計・企業規模計・女子労働者』のうち、小学・新制中学卒の六五歳以上の平均年収は金一九四万九二〇〇円、一日の平均賃金は金五三四〇円であるので、右七七日間の就労不能による損害は金四一万一一八〇円となる。
(四) 入通院慰謝料 金二一七万六六六六円
(五) 後遺症による逸失利益 金一三六万四四四〇円
控訴人の後遺症(一二級の一二号)による、労働能力喪失率一四パーセント、労働能力喪失期間五年間の逸失利益は、右年収金一九四万九二〇〇円を基準として計算すると金一三六万四四四〇円となる。
(六) 後遺症慰謝料 金二四〇万〇〇〇〇)円
(七) 以上(一)ないし(六)の合計は金七九八万九一九六円であるところ、控訴人の過失としては二割を認めるので、被控訴人は前記合計額の八割である金六三九万一三五六円を支払う義務がある。そして、控訴人は金三二三万円の支払を受けたので、残額は金三一六万一三五六円となる。」
二 同四枚目表一行目の「三〇四万」から「翌日)」までを、「三一六万一三五六円及びこれに対する本件交通事故の翌日である平成二年一月一二日」と改める。
(控訴人の当審における主張)
一 本件事故が被控訴人運転の原動機付自転車と衝突あるいは接触したことによつて生じたものとみるべき事情として次の点も考慮すべきである。
1 本件事故現場の国道四三九号線は、徳島市内の繁華街を走る国道であつて車道は舗装されていて凹凸はなく、歩行者にとつても車両にとつても全く障害のない所である。控訴人は、右道路を横断していて、何の原因もなく突然道路に転倒し、後記のとおりの傷害を負つたということは考えられない。
被控訴人にしても、右道路を進行してきて何の原因もなく道路に転倒したということは考えにくい。
控訴人が被控訴人運転の原動機付自転車と衝突あるいは接触して転倒したのでないとするならば、これという原因もなく、偶然に同じ時刻、同じ場所で控訴人と被控訴人運転の原動機付自転車が転倒したということになるが、このようなことが偶然に起こることは常識的にありえない。
被控訴人は、転倒する前、西側歩道から五〇センチメートルないし一メートルの位置を進行していたと主張するが、通常このように歩道に接近して原動機付自転車を走行する運転者はいない。
控訴人は、被控訴人運転の原動機付自転車の進行方向線上で転倒し受傷していることからみても、被控訴人運転車が控訴人に衝突あるいは接触したことによつて、控訴人が転倒し受傷したとみるのが自然であり合理的である。
2 控訴人及び控訴人加入の徳島市健康保険組合は、平成三年一二月ころ、控訴人及び同組合が支払つた治療費等を、被控訴人契約の自賠責保険について徳島県共済農業共同組合連合会へ以下「共済連」という)に対して請求した。
右共済連は、被控訴人に対して、自賠法施行令四条一項に基づき、書面によつて本件事故状況その他五項目について意見を徴した。これに対して被控訴人は、本件事故が被控訴人の交通事故によるものであることを認める回答を書面でなし、控訴人の後遺症保険金の請求についても、右共済連からの同様の手続きに対し、被控訴人の交通事故によるものであることを認める回答を書面でしている。
3 控訴人は、客観的に、外傷性くも膜下出血、外傷性硬膜下血腫等の重傷を受けており、そのため本件交通事故の状況についての認識、記憶がなく、また警察官の質問を理解しそれに答える能力を欠いていたものと思料されるのであつて、本件事故当夜の入院先における事情聴取において、警察官の、交通事故にあつたのですか、との質問に対して頭を横に二、三回振つて否定したとか、自分で転倒したのですか、との質問に対して頭を上下に振つたとか、その後右入院先に衣類を返還に行つた警察官による事情聴取においても、バイクとか車については知らないと言つたという言動を控訴人がしたとしても、これらのことをもつて、被控訴人運転原動機付自転車が控訴人に接触ないしは衝突していないということはいえない。
4 控訴人は、外傷性くも膜下出血、外傷性硬膜下血腫だけでなく、頸部捻挫、胸部及び右肩並びに腰部の各打撲、その他の傷害を受けている。この受傷の部位を考えると、控訴人が横断歩行中に倒れたというものではなく、被控訴人運転の原動機付自転車に控訴人が接触ないしは衝突して路上に転倒し、右各部位の傷害を受けたとみるのが合理的である。
二 被控訴人の過失相殺の主張は争う。控訴人の過失割合は二割というべきである。
(被控訴人の当審における主張)
一 控訴人の前項の主張は争う。本件事故は、被控訴人運転の原動機付自転車と衝突あるいは接触して生じたものではなく、自損事故である。なお、控訴人のした自賠責保険の被害者請求に関しては、被控訴人は十分な知識がなかつたため、農協の係員に任せていたものであり、被控訴人自身はその関係で全く出捐を要しないため、黙認していたものである。また、警察の事情聴取は控訴人の意識が明瞭なときに行われている。
二 仮に本件事故と、被控訴人の原動機付自転車の運行との間に何らかの関わりがあつたとしても、本件事故現場は車両が頻繁に通る幹線道路であり、事故発生が夜間であつたことや控訴人が被控訴人運転の直前を横断したものであることなどを考慮すると、過失相殺は五割以上認められるべきである。
第三当裁判所の判断
次のとおり付加、訂正するほかは原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるからこれを引用する。
一 原判決四枚目裏五行目の「甲第一、第二」を「甲第一、第二号証、第三号証の1ないし6、第四、第六」と改め、同「第八」の次に「、第一四、第一五」を、同「第二号証」の次に「証人西岡和夫及び同櫻間一秀の各証言、」を、同「原告」の次に「及び被控訴人各」をそれぞれ加える。
二 同六枚目表五行目末尾に改行して、「ひき逃げとの通報があつた直後に現場に行つた警察官は、こぼれた牛乳の跡とそこから一五ないし二〇メートルほど北にバイクが倒れたと思われる擦過痕を発見したが、現場には他に何もなかつた。」を加える。
三 同六枚目裏五行目の「記載がある」を「記載があり、平成二年一月分及び同年二月分の診療報酬明細書には、外傷性クモ膜下出血の外に頭部打撲、頸部捻挫、胸部・右肩・腰部打撲の傷病名で同年一月一一日から治療が開始されている旨の記載がある」と、同六行目「当法廷」を「原審の法廷」と、それぞれ改める。
四 同八行目の末尾に改行して、
「事故当日に控訴人を診察した医師は、カルテに「意識障害があつたかどうかはつきりしない、事故の前後のことを話すことができない、意識障害と健忘があるのかもしれない、意識清明」と記載しており、控訴人の治療に当たつた医師は、何らかの外傷を受けて健忘症をきたしたものと思われるが、その外傷が何によるかはわからないと述べている。
(七) 被控訴人は、当法廷で、原動機付自転車に乗つて自宅に帰る途中、南から北へ左側車線を走行していたところ、進行方向の斜め右側に黒つぽいものが見え、避けようとして急ブレーキを踏んだが、ハンドルをとられて左側に転倒した、しかし避けようとしたものを確かめることはせずにそのまま帰宅した、と述べている。」を加える。
五 同九行目の「事実からは、」の次に「控訴人が何らかの外傷を受けたこと及び外傷性クモ膜下出血、頭部・胸部・右肩・腰部の各打撲、頸部捻挫等の傷害を負つたことは認められ、これは自ら転んで生じた傷害としては重すぎるとの疑いが拭えないものの、衝突あるいは接触以外には生じない程度の重傷とまで断定しうる証拠もなく、他方、控訴人が路上で転倒したところを、避けようとした被控訴人が急ブレーキを踏んでハンドルをとられ転倒した可能性も全く否定できないわけではなく、控訴人が事故当時のことを記憶していないことが、どのような外傷によつて生じた健忘症であるかが明らかではない以上、」を、同一二行目の「事実があり」の次に「(なお、右請求手続に関し、被控訴人名義の回答書が共済連に提出されている(甲第一九号証)が、そこには控訴人主張のように被控訴人が自ら交通事故を発生させたことを認める旨の記載はない)」を、それぞれ加える。
六 同七枚目表二行目の「事実から、」の次に、「さらには、被控訴人が自分も転倒しているにもかかわらず、避けようとした黒つぽいものが何であるか確かめることをしていないのは、接触あるいは衝突がなかつたとすれば不自然な態度であるともいえることを考慮しても」と改める。
第四結論
以上のとおり、控訴人の請求は、当審における拡張分を含めて全て理由がないから、控訴人の控訴及び当審における拡張請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大石貢二 馬渕勉 重吉理美)